●これからの学校の存在価値ってなに?(前編)

教科学習は塾で十分?安心して学べる環境は、一体どこに・・・

まわりに流されやすい子どもたちが学ぶべきこと。

 2019.08.29 11:00


 

|校則ってほんとうに必要?



佐藤|

元高校教諭の菅田直彦先生にお聞きします。今秋、「ブラック校則」と言われる理不尽な校則がテーマの映画が公開されるなど、世間的に校則を見直そうという声を耳にします。

教員時代に変わった校則はありましたか?


話し手:菅田 直彦(すがた・なおひこ)

元高校教諭。

著書に、「石舞台 他5編」ほか

菅田|

はい。教員時代のある委員会で、近くの高校の校則を総点検する機会がありました。途中でひとりが発見した奇妙なものに、一同が吹き出しました。「レインコートの着用は、雨が降る時のみ許可する」というものです。レインコートが現代のいわば「スカジャン」のような時代があったのを思い出しました。


佐藤|

はじめて聞きました・・・!校則として明記してあったということは、深刻な問題だったのですね。


菅田|

この校則をつくり、守ってきた教員たちは本気でした。議論するまでもない、当たり前だという状況があったのです。次世代の教員たちは議論に委縮していました。率直に意見することはむずかしく、時代にあわせて変化するためには、民主的・自主的・社会的等の言葉を使って伝える必要があったのです。子どもたちの成長に必要な「徳性の向上」は、校則によって抑え込まれていました。


佐藤|

いつの時代も、教育現場の変化には苦労がありますね。校則に従う態度よりも、校則を通して身につける徳性をいま一度考えたいです・・・ 


菅田|

校則が批判されるようになり、理不尽なものをすべてなくそうとする昨今ですが、どこか委縮してはいないかと考えることがあります。譲ってはならない徳性の涵養が、影をひそめてはいないでしょうか。


佐藤|

たしかに、道徳心は急に身につくものではないですし、だんだんと育むべきものですよね。

具体的にはどんなことからそう思いますか?


菅田|

電車の中のマナーとして、特に優先席においてさえも、弱者をいたわるひとことが若年層から影を消してはいないだろうかと感じます。席をゆずり、「どうぞ」のひとことが、校則にしたがうことより社会を明るくするはずだと思います。


佐藤|

特に若年層に対して思うのですね。

私は、妊婦の友人たちから中年層が一番席をゆずってくれないと聞きました。仕事でつかれている、などの理由があるとは思うのですが・・・

未来をつくる子どもたちのためにも、自分は行動で示す大人でありたいと思います。

子どもたちにとって、社会の一歩手前にある特性を育む機会が校則なのでしょうか?


菅田|

校則改正の終着点が、身勝手で、あらゆる規制からの解放であってはならないと思います。しかも、生徒たちは本気でそれを求めているとは思えません。では、どこへ向うべきだと考えますか?


佐藤|

どこでしょうかね…?

菅田|

わたしは校則から校訓へ向うべきだと思います。


佐藤| 

たしかに、校則よりも校訓の方が余白があるといった印象があります。一人ひとりが行動の理由を考える必要がありますね。


菅田|

その余白にこそ、失ったものを取りもどす機会があります。過去の教育で、徳性を涵養すべきときに怠ったものです。

校則改正は、希薄になった大人の本気度を発揮すべきときです。平成から令和へは、そういう時です。


佐藤|

教科学習と校則、ちがう話のようですが、「自分の考えを持つ」ということは同じですね。情報社会を生きているわたしたちにとって、外から得た知識や他者からの指示をそのまま受け止めることは危険です。

 

後編では「主体性のある学び」とはなにか考えていきたいと思います・・・(近日公開)


 

平川弥太郎「孤愁の赤椿: メルシオル熊谷豊前守元直の殉教」