2021.6.16 11:00

戦争を知らない若者。「自分には無関係」は危険です 「怖いから知りたくない」から、歴史とどう向きあうか


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2021年は、戦後76年にあたります。終戦記念日の8月15日前後になると、戦争特集のテレビ番組が多く放映され、「そういえば、そんな日だった」と思い出す人も多いのではないでしょうか。

しかし最近では「8月15日は終戦記念日」と答えられない若者が増えている、と耳にします。「学校で教わる」「戦争体験者に話を聞く機会もあるのでは?」という意見もありますが、戦争を経験しているのは75歳以上、はっきり記憶のある人はさらに歳上になります。周囲にそうした年齢の人がいない、という人もいるのです。

毎年夏に、ニュースや特集で取り扱われる戦争ですが、実際に体験していない若者は、現実の問題として受け止めにくくなっていると感じます。戦争を知らない私たちに必要な意識について、考えていきます。




戦争のイメージは、本や映像で見る怖いもの?


20代前半の私自身も、戦争といえば、授業で見た教科書・映像のイメージです。小学4年生のころにはじめて見た空襲や戦場の映像は、たいへん怖く感じられ、その日はなかなか寝つけなかったのを覚えています。また高校では修学旅行で原爆ドームにいき、被爆者の話を聞きました。しかし、80歳前後の祖父母から直接体験談を聞いた記憶はありません。母づてに聞いたエピソードは、記憶が曖昧なものと、「頭に粉をかけられた」というシラミ駆除の薬についてなど、戦後の話でした。

学校の宿題で体験談を聞いた人も多いようですが、現在10代の学生は、自身のおじいさん・おばあさんに聞いてもわからない人がほとんどかもしれない、と感じます。授業で習ったとしても、過去に起こった歴史上の出来事、と認識しているのではないでしょうか。

若者の戦争に対するイメージは、写真や映像、本の中の世界になっています。映画や漫画などの、フィクションで触れる人もいるでしょう。しかし戦争をテーマにした作品は、爆撃などのショックな場面や人の死など、心が痛くなるシーンを取り上げています。そのため、怖いから見たくない、そもそも話題にしたくないという人も多いようです。

若者が戦争を知るためには、ただ怖いというイメージを捨て、起きたことを受け止める必要があるのでしょうか?




戦争をより知るために必要な心がまえは?


2015年、「戦争したくなくてふるえるデモ」という、若い女性に人気の楽曲をモチーフにした、ユニークな名前の活動が話題になりました。平和安全法制整備法案に反対する、北海道札幌市在住の19歳女性がリーダーです。若者が平和について訴える活動でしたが、「戦争反対の理由が、死にたくないだけでいいのか?」という声も見られました。

しかし、もっとも危険なのは、戦争は自分に無関係だと思うことです。「戦争は怖い」「自分や誰かが、戦争で死ぬのは嫌だ」といった素直な声から、自分の身に起こることを想定して反対する気持ちは、大切だと感じます。

必要なのは、怖い気持ちを捨てて出来事を受け止めるのではなく、反対意識をもちつつ戦争が起こった背景を知ることです。「8月15日はなんの日か」以外にも、なぜ戦争が起こったかわからない、日本はどこの国と戦争していたのかを知って、現在の他国との関係と比べて驚く若者も多いといいます。背景を知らないと、気づかないうちに戦争が起こった状況と似た環境に、身を置くことになるかもしれません。戦争の歴史を繰り返さないためにも、過去を知る必要があるのです。

世界では、現在でも紛争が起こっている国はあります。日本は75年戦争のない国でしたが、歴史を繰り返さないために、私たちは戦争の起こった歴史の背景、そこに置かれた人びとの恐怖を知る必要があります。まずは「自分には無関係」という意識をなくすことからはじめてみませんか?


執筆:林 幸奈




この記事のまとめ
  • 身近に体験者がおらず、戦争は映像やフィクションのイメージが強い若者が多い
  • 特集番組なども怖いイメージがあり、「そもそも話題にしたくない」という意識が強い
  • 自分には無関係だと思うことが、もっとも危険
  • 戦争反対の意識をもちながら、戦争が起きた背景を知って、歴史を繰り返さないことが大切

 

今回のコメンテーターからのご意見

磯貝治良(いそがい・じろう)
作家・文学評論家。1977年「在日朝鮮人作家を読む会」を主宰、文芸誌『架橋』を編集・発行し、現在にいたる。朝鮮韓国にかかわる評論・ルポ、および小説を精力的に書くかたわら、マダン劇グループ「マダンノリペ緑豆(ノクトゥ)」などの活動をしている。『イルボネチャンビョク: 磯貝治良作品集 (22世紀アート) 』『夢のゆくえ【電子書籍版】(22世紀アート)』の著者。

 

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筆者はアジア太平洋戦争で日本が敗戦したとき、小学校2年生だった。愛知県の田舎に住んでいたので、空襲体験といえば、2キロほど離れた航空機製作所が米軍機に爆撃されて防空壕で震えていたくらいだ。その私でさえ84歳。都市で大空襲を経験した世代は年々、減り続ける。戦争が遠い過去になりつつある世代が実態を知るには、体験者の生の声と表情に接するのが一番なのに、それが困難になりつつある。

公教育の場では平和の授業、修学旅行などで戦争を学ぶ機会がある。沖縄戦、広島・長崎への原爆投下の歴史を語り部から聞き、悲惨な実態を身体に刻む。その感想を作文集や新聞投書で読むと、小学生からの「戦争は絶対にしてはいけない」という一見、平凡な言葉が純粋に響く。心に刻んだその声が大人になって世俗の社会生活のなかで消されないように、行動につながるようにしたい。津々浦々たとえば町村に、明治以来の戦争で何人が出征し、何人が戦死したかを伝えるモニュメントを建て、戦争を身近な日常にする。

戦争を伝えるとき大切なのは、被害の事実だけでなく他者(アジアの人びと)への加害の事実。戦争は人間を残酷にして加害者の精神をも損壊する。

 

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先日の新聞のトップの見出しに「ちゅうちょなくデモ隊を撃て」とありま した。ミャンマー国軍は兵士たちに、そう教育しているのです。 思い出されるのは、日本でも「ちゅうちょなく敵を撃て」と教育されてい た時代があったことです。戦争の時代でした。

今から76年前、わが国はアメリカ、イギリスを相手に戦争をしていまし た。はじめは勢いがありましたが、半年ほど経った頃にはすでに形勢が悪く なっていたにもかかわらず大本営発表では勝利、勝利と嘘を言い続け、四年近くも、国民を苦しめる戦争をだらだらと続けたのでした。

戦争も末期になると私たち子ども達も竹槍を持たされ、エイ、ヤー!と「敵を刺し殺せ」と教育されました。アメリカの大きな飛行機が何百 機編成でやってきて、焼夷弾を雨露のように落とし、町が焼け野原になって いるというのに、です。でも私たちは国の言う事を信じ、上陸してきた敵は 竹槍で刺し殺さなければならないと心に決めていたのでした。

教育には強い力があります。ルーズベルトやチャーチルを『鬼畜生』と教育されましたので未だに彼等を偉人とは思えないのです。 今は平和の大切さを教育しなければなりません。ミャンマーだけでなく、 どこの国も平和になりますように。
コメント: 1
  • #1

    わらび (水曜日, 16 6月 2021 18:00)

    「自分には無関係」という意識よりも先に、学校やメディアが戦争を知らない・無関心だから取り上げない。もうNHKが「映像の世紀」を流すこともないでしょう。

    令和の今「戦争を学んでどうするの?」「戦争って怖いの?」「戦争を話題にしてどうするの?」という報道・メディアの雰囲気すら感じます。

    学校・報道・メディアに携わる人間が「戦争」について発信し続ける義務を負わない限り、子どもたちに語り継ぐことは不可能でしょう。

    2021年のいま。若者は覚えないといけないことがたくさんあります。
    広島や長崎、沖縄は戦争・原爆を伝えることは何十年経っても優先順位は高いでしょう。
    ただ、戦争・原爆を語るのは被爆地だけで、総理官邸や首都・東京から発信することは何もありません。

    東北地方の学校は東日本大震災かもしれません。

    長崎出身で首都圏在住の私の子どもたちは原爆・戦争について学ぶことはありません。
    受験勉強の視点から優先順位は低いです。
    長崎市は夏休み期間中に黙とうするために登校する現実に驚くレベルです。
    そもそも投下された日も夏の甲子園を観戦していて終戦記念日を知るレベルでしょう。