2019.12.19 16:00
西郷隆盛の驚くべき漢文力
現代における漢文教育の問題点に迫る!

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国語の授業でだれもが学ぶ漢文。

「大人になっても使わないのに必要なのか」「大人になったがやっぱり必要なかった」という声を耳にすることがある。はたして本当にそうなのだろうか?

日本史の偉人「西郷隆盛」。実は漢文のスペシャリストだったといわれており、約200首の漢詩を残している。無口だったといわれている彼だが、情緒豊かな漢詩を詠んでいたことを知る現代人は決して多くない。

西郷の言葉は人々に力を与え、心に残る名言として現代にも伝わっている。


そこで、漢文研究が専門で西郷隆盛についての本を執筆している松尾善弘さん(鹿児島大学名誉教授)に話を伺った。
現代でも西郷隆盛が愛され続ける理由
そもそも西郷とはどんな人物なのか。彼が人々を魅了し続けている理由を探る。

<ゲスト紹介>

松尾善弘(まつお・よしひろ)。
鹿児島大学名誉教授。
西郷隆盛漢詩全集: 増補改訂版』の著者。


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“ まず、日本人には昔から義経のような悲劇の将に味方する「判官びいき(英雄に対する尊敬やひいきのこと)」の心情があります。

西郷はこれに生前の功績が重ね合わされ、現代では盲目的な西郷崇拝の風潮が起きるまでになりました。”

西郷は2度の自殺未遂や2度の島流しを経験するなど苦難を乗り越えた経験がある。そして倒幕の主導や江戸城無血開城や明治の廃藩置県など、世の人のために尽力し、あたらしい時代をつくった功績が人々の心をつかんだ。
“ しかし彼は、ひろい視野で日本の中心となって政治を行う立場を捨て、一転して庶民の側に立ち、「敬天愛人(天をうやまい人を愛すること)」を唱えました。”
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この言葉は座右の銘として有名で、「天命を自覚し、慈愛の心をもって生きていく大切さ」を説いている。現代の企業経営者でこの言葉を掲げる人も多い。
“ その後、日本最後の内乱である西南戦争で無念の死を遂げ、この戦争により国に背いたとみなされた西郷は、国賊(国の利益を害する者)と非難をされました。それでも今日まで理屈ぬきの感情論で多くの人に支持され、愛され続けています。”
西郷は無口だが聞き上手だったといわれており、自分よりも人のために行動する人だったという。無欲で裏表がなく、すべての人に平等な愛を注ぐ人だ。当時の権力者でありながら、最後まで政府に不満をもつ国民の声を聞き、自分の足で動いたからこそ、愛され続けているのだろう。


西郷の言葉をまとめた南洲翁遺訓では、素晴らしいリーダー性や実直さを感じられる。言葉を書き残したものや漢詩など、43編の遺訓が収められている。


西郷と勝海舟の漢詩は比べられることがしばしばある。西郷の言い回しや表現が少し難しいといわれている理由として、正統派な漢詩作法を駆使していることがあげられる。幼少期より熱心な勉強家だった西郷の方が、より深みのある漢詩といえるだろう。豊かな漢字力があったからこそ、多くの人々を惹きつける表現力が磨かれたのだ。


現代人の漢文教育とは?
文部科学省の学習指導要領によると、つぎのようなことが求められている。
【小学校第5学年及び第6学年~中学校第3学年】
〇 音読に必要な文語のきまりや訓読の仕方を知り、古文や漢文を音読し、古典特有のリズムを通して、古典の世界に親しむこと。
〇 古典には様々な種類の作品があることを知ること。
<出典:中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 国語編>

【高校】
〇 我が国の言語文化の特質を理解するに当たって、中国など外国の文化との関係が重要。古文と漢文の両方を学ぶことを通して、両文化の関係に気付くことが大切。
漢語や漢文訓読の文体が,現代においても国語による文章表現の骨格の一つとなっている。
〇 言文一致体や和漢混交文など歴史的な文体の変化について理解を深めること。
<出典:高等学校学習指導要領(平成 30 年告示)解説 国語編>
自国への理解を深めることは情緒を育むことでもある。それは一朝一夕にして身につけられるものではない。自己の成長を実感するまで時間がかかる古典は、受験のための勉強になっている現代において、その価値を見出しにくいのだろう。


漢文教育の問題点と改善策とは?
現代の学校で行われている漢文教育について、松尾さんは問題意識を持っているという。
日本の学校教育で考案され、強制されてきた「訓読法」に問題があると考えています。「訓読法」は、中国古典語を即座に日本古典語に変換するものです。

これは、返点法にしたがって日本漢字音で読み、中国古典漢文を理解する教育法です。しかし日本漢字文化の現状が示すように、いくら訓読法を習熟しようとしても、ひとたび原文に直面した時、この教育法では学生は自力で古漢語を読み解くレベルまで到達することはできません。

実用的ではないようでも、中国語の基礎を知ってから訓読法にすぐに移行できるまでレベルアップするのが最善策だと思います。
「訓読法」を当たり前に学んできた人たちは、読み方の書き写しや暗唱をしたことがあるのではないだろうか。それでは単に「読めること」に意識がいってしまい、音や響きを楽しむだけに留まってしまう。そこから先の表現力を身につけるために、どのような意識で漢文を学べばよいのだろうか。
“ そもそも漢詩、漢文は漢字を表記道具とする中国古代語(古漢語)で、中国文人が創作した思想・文学作品です。ところが日本人は昔から漢字を「表意文字」として一面的にとらえ、その語音(言葉を組み立てている音のこと)の側面をないがしろにしてきました。
エジプトの象形文字も表意文字にあたる。漢字の語音を正しく理解し、教えられる教師がどれだけいるだろうか。これは国語教師の専門性にかかわる問題だ。
“ つまり、中国語として正しく読み解くことをしてきませんでした。そのうえ、一見便利なようで実は詩文の表層的な理解しかできない「訓読法」を考案しました。

これは、語音(言葉を組み立てている音)抜きの語義だけの解釈をしている
ことになります。その結果、学生たちはだれかが一度訓読した漢詩文しか読めなくなってしまったのです。

最近では、語音こそが漢詩の生命であることがわかってきています。漢文のもとである中国語のイロハを少しでも知っておくと、読解が楽になるでしょう。
私たちが国語で学んできた漢文は、中国の漢詩文が変化をして成り立ったものだ。そのルーツについて興味を持ち、他国の文化を知ろうとすることで自国への理解も深まる。「訓読法」にとらわれず、過去の遺産からこれまで影響し合ってきたことに思いを巡らせ、情緒を育むことが大切だ。


この記事のまとめ
〇 漢文を使いこなしていた西郷隆盛は、豊かな表現力で人々を惹きつけていた。
〇 現代の漢文教育は古典に親しみを持ち、他国との関係を意識しながら自国への理解を深めることを重要視している。
〇 学校現場で行われている「訓読法」を見直し、深層的な部分に触れながら情緒をはぐくむことが大切。
( 編集:佐藤志乃 / 制作:一条恒熙)