Episode 5
学校での学びはいつ必要になるかわからない
一級建築士から転身、日本古代史の研究者。


だれもが1度くらい「学校の勉強は役に立たない」と思ったことがあるのではないだろうか。進路によっては、将来使わなそうな内容もあったはずだ。矢治一俊さん(元地方公務員、一級建築士)は、高校時代から建築家を目指していて、古分・漢文の必要性がわからなかったと語る。
建築家は古文や漢文を使わないのに、なぜ勉強しなくてはならないのだろう」と、ありがちな疑問を抱き、この教科への努力から逃げたのです。しかし、必要なときがやってきました。私は十数年前、建築の道に別れを告げ、日本古代史研究という道に足を踏み入れました。そこは、中国史書の研究が中心で、漢文の世界です。いい加減な漢文の勉強しかしてこなかった私は学びなおすことになったのです。

大人になると、子どものころは考えもしなかったことに興味を抱くことがある。そんなとき、知識の多さは人生の楽しみが広がる可能性になる。
学生時代に勉強したことは「将来使わない、必要ない、役に立たない」ではなく、その人が「何をしたいのか」で呼び覚まされるものなのではないでしょうか。

そして「大嫌い」だったものが「大好き」になって現れたりするのです。今の私は、漢文が「好き」になっています。


この経験から、子どもたちが学校と社会のつながりを意識しながら学ぶ大切さを実感しました。

教える側は、現実的なイメージがわくような、生活に即したエピソードを交えて伝えるべきだと考えています。
学生時代に見えている世界はほんの一部で、まだ知らないことが多いうちから自分の可能性を狭めるのはもったいない。

「嫌い」の裏返しが「好き」と言われることもあるように、自分の価値観が何かをきっかけに急に変わることもある。

学生時代の学びは、将来思わぬかたちで必要になることがあると教えてくれた。
記事のまとめ

5人の研究者たちは、研究にいたる過程、職業などさまざまだった。それでも共通していることは、1つのことにのめり込むほどの何かきっかけがあり、長年にわたって情熱を持ち続けていることだ。彼らの行動は、「好きだから」、「良くしたいから」、「守りたいから」といった前向きな気持ちが原動力となっている。一般的にイメージされる研究者にとらわれることなく、自分なりの自由な視点を持って物事に対峙すると、きっと人生が楽しくなる。
(企画・執筆:佐藤志乃 / 企画・制作:一条恒熙)




▼ ゲスト紹介
 矢治一俊(やじ・かずとし)。
元地方公務員。