●変わる親子関係【前編】

地域や父親の視点から見た家族観の昔と今。無償の愛よりも尊い親子の自立を考える。
2019.09.20 11:00

この記事のポイント
●子どもとのかかわり方が今と昔で違うのは当然。時代が変われば常識も変わる。
●子どもの行動に余白を持たせて見守ることが大切。
|常識の変化を実感したとき

 

佐藤。

SOCIO編集長。

佐藤|
大人たちの家族観や働き方の変化とともに、子どもの成長環境も変化しています。すべての人がその変化に適応するのは難しいですが、世代や暮らし方の異なる人々の価値観を探っていくことは大切です。それぞれに「昔のここがよかった」、「今はここが変わってよくなった」などの想いがあり、それを知った上でよりよい未来を考えていくべきだからです。
元小学校長の神部龍平さんにお聞きします。どのように子育て環境が変わっていると感じますか?

神部龍平(かんべ・りゅうへい)

元小学校長。

著書に『ぼく、母さんとママ食ってきた: 子どもたちの心の声 』。

神部|
まず、間違いなく遊びの場が変わってきています。わたしは遊びといえば川や山遊びで生き物とふれ合ってきた世代なのですが、そもそも現代は自由に遊べる自然環境がありません。遊び場兼暮らしの場としてあった自然が、危険な場所という認識に変わりました。公園や自然の雑木林は、大人の目が届かないということで危険区域にされています。
公園に行ってみても子どもの姿はあまり見られませんし、いたとしても外でゲームをしています。その代わりなのか、デパートやショッピングセンターのゲームコーナーやフードコートで子どもの姿が見られます。その光景を見ると、時代の変化を感じて寂しくなります。
佐藤|
特に都心では核家族化の影響もあり、子どもの遊びを見守れる大人が少ないですよね。共働きやひとり親の家庭の場合、子どもといっしょに遊べる日がどうしても限られています。働く大人たちは平日に余力がないですし、休日に休む時間も必要です。だからといって、学童やシッターなど民間のサービスを受けるためには経済的な負担が大きいです。
こうした背景を考えると、効率的に子どもを楽しませられる場に需要があるのがわかります。昔は日常だった自然体験が、長期休みの旅行や帰省したときだけの特別な非日常体験として求められるようになったのです。
家族での過ごし方だけでなく、地域としての子どもとのかかわり方も変わってきていますよね?
神部|
ふとしたときに、赤ちゃんの泣き声を聞かなくなったと気が付きました。地域にいた子どもたちが進学・就職・結婚で地元を離れ、大半は戻ってきません。子どもを介して会っていた親たちは高齢者となり、病院の待合室で会うことがほとんどです。そういったときに少子高齢化を肌で感じます。
神部|
子どもとふれ合う機会が減ったことで、もしかしたら自分の行動は非常識なのかもしれないと思ったことがありました。住宅街を歩いていると、向かい側から下校途中の小学校低学年くらいの女の子が歩いてきました。
教員のころの癖が抜け切れていなかったわたしは、「気をつけて帰るんだよ」と声をかけてしまいました。女の子は、びっくりして目をそらすと、早足で駆け出しました。最近の子どもたちは、知らない人から声をかけられたら逃げるように教育されているということに気が付くのが遅かったです。
子どもが巻き込まれる事件が多いので無理もありませんが、少し寂しい気持ちになりました。昔は地域で子どもに会うと、知らないおじさんおばさんでも、かわいがって頭をなでたりしました。しかし、今どきは大変なことになりかねません。これまで長年かけて身につけてきた知識や道徳が、常識として通用しなくなっているのだと実感しました。
佐藤|
時代の変化を受け入れようとするなかで寂しさを感じるんですね。環境や人が変化するのには理由がありますが、理屈ではない寂しさがあることも理解できます。子どもとふれ合う機会が今以上に減っていくことを想定し、自分とは違う環境の人に興味を持つことや意識的に目を向けることが必要なのだと思わされました。
最近は公共の場でスマホをいじっている母親のことを悪く言う人がいますが、生活の背景を知らずに「スマホといえばゲーム」のような固定観念から、想像で悪く言っていることもあります。必要な調べ物や連絡をしているかもしれないし、ちょっとした息抜きかもしれない。子どもたちのよりよい成長環境のため、「常識は通用しなくなる」という意識を持ち続けたいです。
つぎに、子育てを終えた父親視点の話を聞き、子育てにおける親子関係について考えていきます。
|多忙な父親が体験した子育て 
佐藤|
今でこそ男性の育児について議論されていますが、まだまだ育児に「参加」している気持ちの人が多いです。ですが、そのなかには「本当はもっと子どもといたい」という想いがありながら、どうしても働き方の都合がつかずに葛藤している人もいるはずです。元小学校教諭の江越弘人さんにお話をお聞きします。
江越さんは元教員ということで、特に多忙だったのではないでしょうか。学校行事の式典関係は、どこの学校でも同じスケジュールなことが多いです。最近は学校の先生が自分の子どもの行事を優先することについて肯定的な意見も耳にしますが、当時は参加できなくて当たり前という空気だったと聞きます。多忙のなか、どのような想いで子育てをされてきたのですか?

江越弘人(えごし・ひろと)

元小学校教諭。

著書に『長崎の洗濯物語 』。

江越|
わたしには、「立派な父親になる」という自覚が足りませんでした。運動会は親子そろって参加しましたが、卒業式や入学式、PTAなどは参加したことがありません。宿題なども見てやった記憶がなく、子どもたちには申し訳ない気持ちです。今、子育てを振り返って考えてみると、わたしは父親として子どもを育てようとはしていませんでした。
父親としてよりも、「ひとりの人間として、そして社会人・職業人としての背中を子どもたちに見てほしい」という想いでした。
多忙なことの言い訳に聞こえるかもしれませんが、「手をかけすぎず、人を傷つけるなどの許されないこと以外は口を出さずに見守ろう」という想いでした。
佐藤|
仕事と家庭の両立は簡単ではありませんよね。家族のために働いているのに、家族との時間が減ってしまう。そんなジレンマが想像できて、切ない気持ちになります。ただ、どんな形であれ子どもに対して示したい想いがあったならば、親としての自覚があったと言えるのではないでしょうか。
親の存在は子どもに影響しますが、それだけで成長するわけではありません。子どもは社会とつながると、親の知らぬ間に急速な成長をするものです。ふとしたときにお子さんの成長を感じたエピソードはありますか?
江越|
あるとき、長男が計算問題の宿題に腹を立てて喚いていたことがありました。しばらくするとすっかりおとなしくなったので、どうしたのかと思い部屋に入ってみると、畳の上でひっくり返って黙っています。「何をしているのか」と尋ねると、「答えを簡単に出せる方法を考えている」と答えました。
わたしは「おもしろいことを考えるな」と感心した覚えがあります。機械的に計算することはきらいな息子でしたが、数学そのものがきらいではなかったのです。むしろ考えることは好きで、大学入試のときに「数学だけはだれにも負けない」と自慢していました。
佐藤|
子どもが宿題の途中でひっくり返っているのを見たとき、「早くやりなさい」といった責める言葉を投げてしまう親もいるかと思います。そうしなかったことが、子どものやる気を後押しし、工夫して勉強するようになったのですね。「親は子どもが心配」という言葉をよく耳にしますが、心配だからといって声や手をかけすぎることは子どもにとって負担です。
親から行動をコントロールされすぎてしまうと信頼が感じられず、自尊心が十分に育まれません。子どもを心配しての行動が愛情からであることは間違いないと思いますが、それは呪縛でもあると思います。
将来自分の足で歩いていくため、子どもの行動に余白を持たせてあげることが大切だということですね。
江越|
わたしの3人の子どもたちは、当たり前ですが、好きなこと、行動、能力、それこそ成績までのすべてが違っていました。三男は勉強へのやる気がありませんでしたが、高2の3学期になってから「何にも知らないことがわかった」と突然言い出し、それからは猛勉強をするようになりました。結局は希望校よりワンランク下の大学に進むことになり、「もう少し口やかましく言うべきだったのかな」と考えたりもしました。
「見守りを口実にした放任だったのではないか」と自問することもあったのですが、あのときの目に見える変化は強く印象に残っていて、頑張る姿を誇りに思いました。ただ、親が同じ想いで指導や声かけをしても真逆の結果になることがあるので、子育ては難しいですね。
今では3人とも大人となり、自立しています。ときどき帰ってくる息子たちと酒を酌み交わし、気楽に話をすることがなによりの楽しみです。
佐藤|
子どもの進路が親の子育ての評価ということでは決してありませんが、子どもが自立してはじめて振り返ることができるのかもしれません。長い時間をかけて感じられるようになった子どもの成長はグッとくることでしょう。子どものステージごとの悩みは直面してみないとわからないし、家庭の事情によって対応の仕方がまったく異なります。子育ての当事者と第三者では見え方が違うという認識が必要ですね。
後編では、具体的なシチュエーションを聞ききながら実際の子どもとの接し方を考えていきます。