●これからの学校の存在価値ってなに?(後編)

教科学習は塾で十分?安心して学べる環境は、一体どこに…。まわりに流されやすい子どもたちが学ぶべきこと。

この記事のポイント

●まずは行動してみることで、想像を超えた新たな気づきが得られる。

●自分の意志で環境を変えて他人の人生を見てみると、自分の人生を生き直す意欲がわいてくる。

●出会った人から感じたことを自分の中で整理し、行動に移していくことが主体性。

|学校に行かない選択をした子どもに伝えたい、学校以外の学びの場とは?

佐藤。

SOCIO編集長。

佐藤|
前編では、「自分の考えを持つ」ことの大切さを考えてきました。後編では、「主体性のある学び」をされてきた2名の方にお話を聞いていきます。まずは、拓殖大学・名誉教授の伊澤東一さんにお聞きします。伊澤さんは「学校に行かない選択」について、どんなお考えをお持ちですか?

話し手:伊澤東一(いざわ・とういち)

拓殖大学 名誉教授。

著書に、「クリスマス・イヴの仏教徒」

澤|
公的な学校教育を離れる理由はさまざまです。物理的に通学不可能な場合、はやくから特殊でもっと高度な教育を目指す場合、学力面・健康面・経済面・人間関係面などで集団になじめない場合、身内からのプレッシャーなどです。学びの場が学校以外のどこであっても、それぞれの場でクリアしなければならない社会基準的ハードルがあることは、覚悟しなければなりません。ただ、日本にいると、入っていく社会によってそのハードルが異なるということに気づきにくいです。

佐藤|

たしかに、日本は独特の同調圧があると感じます。子どものころから無意識のうちに、だれかと同じ道を歩く「楽さ」みたいなものを植え付けられていて、大人になった途端にその道をはずれたら「終わり!」と思ってしまう・・・受験や就職活動などがそのいい例です。伊澤さんの「異なるハードル」に対するとらえ方は子どものころからですか?

伊澤|

小学校入学まえから母子家庭で育ったわたしは、進学などという希望にあふれた言葉とは、はなから無縁でした。同級生が大学受験に邁進しているころ、受験勉強の方法すらわからず、屋根裏部屋に閉じこもって、家庭用日本文学全集の読書に、自分だけの秘かな楽しみを見出していました。高校を出たら就職することが、わたしがたどることのできた唯一の道でした。
佐藤|
そのような幼少~学生時代を経て、年を重ねてから新たな環境に飛び込まれたと聞きました。
伊澤|
初めて海外生活をしたのは、職場からも家庭からも、自分自身からも期待されなくなった六十歳のときでした。全身、日本の土着文化が浸みこんでいる自分でしたが、体の底から勉強してみたいという想いにかられ、自分の老いを無視して、一人の劇作家のことを調べ始め、ついにはイギリスに移住したのです。
佐藤|
なぜそんなに意欲がわいてきたのでしょうか?
伊澤|
シェイクスピアの存在があったからです。イギリスのあちこちで上演される彼の演目を観たことは、何にも代えがたい体験となりました。自分にもこんなに夢中になれる情熱があったんだと心が突き動かされました。
佐藤|
すごい情熱と行動力ですね。そこであたらしい気づきや発見は何かありましたか?
伊澤|
「自分が身を置く環境によって見える景色が変わる」という気づきが、成長意欲を生みました。土着の人との交流を通して、自分の半生とさほど変わらない営みがそこにもあるのだと感じました。この感覚は、なぜだかなにかから解放されたような不思議な安らぎを与えてくれました。そして、安らぎが生き直す意欲へと変わっていくのを実感したのです。もし、わたしがもっと若くからほかの国での生活を体験していたら、どんなことでも一から学ぶことをいとわない意欲に駆られたでしょう。 
佐藤|
そういう気づきがあったんですね。
伊澤|
とはいえ、帰国すれば、それも単なる異文化体験となり、一時のこととして薄れていく予感がしていました。西欧の遊学を体験しても、けっきょくは生まれ育った日本の文化に回帰するのです。異国の文化を自分のなかに根付かせることは難しいだろう、とぼんやり考えていました。
佐藤|
なるほど。
伊澤|
そんな考えを持っていたわたしですが、とあるイギリス人を夫に持つ初老の日本人婦人との出会いに衝撃を受け、さらなる自分を成長させる気づきがありました。キングズ・カレッジ・チャペルのクリスマス・イヴの儀式には、一生に一度でいいから参加したい、という熱い想いを聞いたのです。
【キングスカレッジチャペル】
ケンブリッジ大学のキングス・カレッジにある礼拝堂。垂直式ゴシック建築の代表例で、世界最大級の扇型ヴォルトや中世の立派なステンドグラスなどで有名。
佐藤|
その女性のどんなところが衝撃でしたか?
伊澤|
彼女には、この異国で生涯を過ごす覚悟ができていて、もはや異文化の国ではなかったのです。そう思ってまわりを見渡せば、異国ではなく自国としての意識を持ちながら暮らす日本人が思っているよりも多いことに気がつきました。
佐藤|
その女性からの気づきで、どのような気持ちの変化がありましたか?
伊澤|
わたしは認識の転換を迫られました。一日本人の私が、自室に逃げ込んで閉じこもるしかない、日本での生活から一歩踏み出し、世界市民となったのだと。そして、自分以外にも世界市民たちが、世界のいたるところで暮らしているんだと。そのような、土着的なものにどっぷり浸かった自分の戸惑いをテーマにして書いたのが、『クリスマス・イヴの仏教徒』です。

 

佐藤|
人との出逢いは、私たちになにをもたらしてくれるのでしょうか?
伊澤|
あたらしい環境で知らなかったことを知ると、自分の人生を生き直す意欲がわいてきます。きっと、学校の学びだけでは実感できなかったであろう、かけがえのないものです。
佐藤|
年を重ねてから自分の考えをアップデートすることは簡単ではないと思います。伊澤さんには素直さがあったからこそ、環境の変化からこころの変化を得ることができたんだな、と感じました。高齢からの海外生活では、学生時代には考えもしなかった学びがあったと思います。
家庭環境などが理由で自分が思う道に進めなかったとしても、大人になってからも学び直す方法があることを知りました。過去がどうだったかは関係なく、自分の人生は自ら環境を変えることでつかめるんだ、と勇気をもらったような気持ちです。